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がめ煮

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小学校の先生だった母が遅くなる日の晩ごはんとして、「かしわご飯」や「がめ煮」があった。

 かしわご飯は、お嬢様育ちで殆ど家事をしない祖母の、唯一と言ってもいいレパートリーで、「鶏の皮までこまかごとして入れとうけん(小さく刻んであるからそれとは気付かず食べられる)」というのが自慢だった。
がめ煮は、いわば筑前煮で、母が前夜から用意する。
骨付きの鶏肉に、大根、人参、蓮根、牛蒡、里芋、こんにゃく、厚揚げ、こんぶなどが無水鍋いっぱいにしみしみと煮含めてある、私の好物でもあった。

私が高校生の頃、生まれたときから一緒に住んできた祖母は、昼間一人にするのが危ないくらいに老いて、施設に入った。食事が口に合わないという姑に、母は仕事から帰宅して煮魚などを作って、差し入れていた。
大学受験の直前、会いに行った祖母はかなり弱っていたが、私が受験してくることを話すと手を伸ばしてきて、とてもとても強く握ってくれた。
骨と皮だけの腕の先から出てきた驚くべき力を、私は今でもはっきりこの手に感じることが出来る。

その夜、父は不在だった。三つ上の兄はすでに東京の大学で下宿生活。
昼間のうちに来るはずの合否通知を待ちわびて、私は日がな一日を悶々と過ごし、いつしか眠ってしまっていた。
落ちたんだなと思った。
帰宅したばかりの母には理由がわからなかったようだが、しゅんと食卓に着いたところにチャイムが鳴り、書留が合格を知らせた。

それでふて寝しとったとね、と母は笑った。
私立の音大を受験するつもりでピアノに打ち込んできたのに、夏頃になって心変わりして受験した国立大学は、担任からはまず無理と言われていたし、一次試験も厳しい結果。
しかし自分で進路を変えて以来は、猛烈に勉強したので、もう悔いはないと日記に書いたのを覚えている。
同時にどこかで合格を期待してもいたんだろう。
母と二人きりのお膳で、こんにゃくを噛むと、ぽろぽろと涙が出た。
ああ、あたし受かったんだ。涙といっしょに、こんにゃくを飲み下す。
そして別の具材を口に入れると、また涙が込み上がるのだった。
そんな私に母は、よかったね、と何度でも言ってくれた。

それからずいぶん後になって、「女の子は一度家を出たらもう戻ってこんよ」とよく周りに言われたと母は話した。
よかったねと言いながら、どんな心持ちだっただろう、と息子が高校受験の歳となった今、思う。
がめ煮は、まあまあ、、私の得意料理になってきた。

 

 

 

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