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イエーテボリ日記240 タマゴがタマゴにならない日

1126_shape_egg 月曜日 雨

T君休校日につき、朝の2時間を旦那さんに家に居てもらい、練習へ。
暗い教会に鍵を開けて入るのにも、慣れてきた(今日は拝むの忘れた)。

ライブのステージでもたまにあるのだけど、椅子の足ぎりぎりに段差がある場合。
弾き手にもよるでしょうが、ピアノと椅子とは意外と離れているもので、このような状況はちょっとキケン。決して起きてほしくない惨事を、想像せずにはいられない。
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10時過ぎ、帰宅してみると、旦那さん、今日は家で仕事するとのこと。
以降、T君と過ごす。街へ用事に出掛けたり、家でふうせん対決、水彩お絵描きなど。

最愛の息子とは言え、一日中一緒に居ると、次第に気が追いつめられてくる日もあります。
だけど、今日はとても楽しく遊べた。途中でもう一回ピアノにも向かえたし。

ふと、いつでも旦那さんが代わってくれるという、安心感が大きかったかなと思う。
実際には、彼は夕方まで仕事していたけれど。
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子育てに、「自分がダメなときは誰かが代わってくれる」という安心があるのと無いのでは、心の余裕に天と地ほどの差がある。

子育てに関わる痛ましい事件に、追いつめられた母の心労が忍ばれるときは、自分の身を切られるように思う。私より真面目な女性に違いない、とも。

夫婦、親やほかの家族、近所や友人と助け合うのは、もちろん大事。
でも、そこでやりくりするのが当然ではなく、社会サービスとしての育児サポートが、'必要なとき確実に' 受けられる社会であってほしい、と切に願う。
日本の出生率1.39という数字は、私にとって「それでも1.39人は生まれるんだ」という驚きに近い。

ふうせんヘディング対決の記録、連続54回(私)。

卵、見慣れてるものなのに、どうしても'そら'で描けない。
見ながら描いても、やっぱり変。
なぞってやっと、卵らしき形になる。

今日はもう晩ご飯食べてきた、というニオが遊びに来る。
3人が温かい蕎麦をすする横で、DSしながら待つニオ君。

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