近々レコーディングすると聞いていた橋爪亮督のサイトをなんとなく訪問、ライブ音源を聴かせてもらった。
彼の作る曲にはとても繊細でちょっとせつない感じがある、と私は思う。
私自身は最近少し離れている感のある、即興演奏やインタープレイの深い世界に、あらためて憧憬なども感じつつ、「演奏しているときのミュージシャンて何者なんだろう」などとふと考えてしまった。
個人的にも知っているミュージシャンの誰の音楽をとっても、普段接しているその人と=(イコール)とは思えない。もちろん完全に違うとも思わないが、やはり別な顔に見える。
私はどうだろう。一緒に見えるのかな、あるいは別人か。
どちらも自分だと思うけれど、たいていの場合は演奏中は音に集中するから、要は「なーんにも考えてない」。だからこそ、そこに現れるもうひとつの顔っておもしろいなと思う。
つまり、どちらの顔も、存在させているのは自分でも、それを見るのは他人。ある意味「自分では見れない」(まあ見てはみるけど、お化粧もするけど)。
そう考えると音楽をやるってことが、自分の自分でもよく捉えられない部分の解放/開放に思えてきて、なんだかそら恐ろしくもなってきた。
なんてとりとめもなく考えるうちに、夜はふけていく。
なぜならここは我が家で唯一冷房のきいたピアノのある部屋だから。
そとは八月の夜。
ちなみに橋爪くんのサイトは http://www.ryohashizume.com/
レコーディングの成功を祈ってまーす!